この記事は、2024年3月6日に弊社の森数美保がVoicyでお話した#103 気づいたら手段と目的が入れ替わる理由を元に作成した記事です。日々の仕事や生活の中で、気づいたら手段と目的が入れ替わっている時ってありませんか?
■よく見かける手段と目的が入れ替わっているケース
・情報共有や交流を目的にSNSを始めたはずが、いつの間にか”いいね”の数を増やすことが目的になってしまう
・仕事の効率化を目的に導入したツールやシステムを使いこなすことに時間を費やされてしまい、本来の目的を果たせない
・評価制度を導入することが目的になり「何のために評価制度が必要なのか?」「制度によって何を実現したいか?」が置いてけぼりになってしまう
人事制度設計の現場でも手段が目的化する現象が多発
人事制度の相談を受ける際にも、手段が目的化しているケースによく出会います。「どうして人事制度を導入したいのですか?」「人事制度を変えたい理由は何ですか?」と聞くと、「人数が多くなってきたから、入れた方がいいかなと思って」「今のままだと、公平性の観点で不安がある」という回答が大半です。加えて、「人事制度を通じて実現したいことは何ですか?」と質問すると回答がないことが多いのです。
困っていることを解決する手段は、人事制度を導入することだと信じ込んでしまっているのです。手段が目的化する現象の原因は、目に見えないバイアス(※)が関係していることが多いように見受けます。
(※)バイアス:認識の歪みや思考の偏り、先入観を意味します。
バイアスが引き起こす現状維持のメカニズム
みなさんの身の回りでも、もうその手段は適切ではないのに「昔から決まってるルールだから」という理由で残っている慣習がありますよね?報告を中心とした長時間の会議、印鑑による稟議申請、紙による資料配布。利点もあるかもしれませんが、働き方が多様化し、非同期コミュニケーションが増えた現状にそぐわない慣習がたくさんあります。変えた方が良い現状を変えずにいる、ということにもバイアスが関係していることがあります。
何かを変えることは労力とコストが思いの外かかるため、組織の中で”慣性の法則”が働き、現状を維持しようと作用しているのかもしれません。他にも、確証バイアス(※)によって視野が狭くなっていたり、損失回避バイアス(※)によって変えることへのリスクを大きくとらえているのかもしれません。このように、バイアスは仕事をする上で実はたくさん潜んでいます。バイアスをなくすことはできませんが、意識することで回避することはできます。
(※)確証バイアス:自分が正しいという前提に立ち、先入観や仮説を肯定するため、自分にとって都合のよい情報ばかりを集める傾向。
(※)損失回避バイアス:利益と損失を比較する際、損失や失敗の方をより重大だと感じ、回避しようとする傾向。
エベレスト大量遭難事故に学ぶ:「No」と言えない心理が引き起こす職場のリスク
バイアスを学ぶ題材として、1996年のエベレスト大量遭難事故という有名な事件があります。事故に繋がった要因はいくつかありますが、その中に”14時までに登頂できなかったら必ず引き返す”というルールがありました。けれども、シンプルでわかりやすいこのルールが、なぜか守られなかったのです。
14時までには間に合わないとわかっていたにも関わらず、他にも登頂を目指して歩き続けている人がいたため、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という集団心理が働いたことも原因の一つです。他にも「山頂はもう見えるのに引き返したら勿体ない」というサンクコスト効果(※)も原因として指摘されています。
(※)サンクコスト効果:すでに費やした労力やお金、時間などを惜しんで意思決定に影響を与えること。
一番大事なことは命を守ること、生きて帰ることです。にも関わらず登頂することが目的になり、多くの人が命を落としてしまいました。命より大事なものはないとわかっていますが、その場にいたらバイアスによって「No!」と言えずに山を登り続けてしまう可能性があることに恐怖を覚えました。
実はこの事故の原因には、バイアスだけではなく心理的安全性という要素も含まれています。登頂を率いる経験豊富なリーダーがいるのですが、「リーダーが言うことは絶対」と反対意見が言えない雰囲気があったようです。リーダーは参加者を生きて返すことが絶対のゴールだったはずですが、自信過剰バイアス(※)と失敗したくないという損失回避バイアスによって、自分の気持ちを優先してしまったのではないかと言われています。命が係わるものではないにしろ、こんなシーンを仕事でも見かけますよね。
(※)自信過剰バイアス:実力以上に自分の能力を過大評価する傾向。
トラブルを未然に防ぐプロジェクト開始時の重要事項設定
バイアスに囚われて物事の優先順位を誤らないための対策として、プロジェクト開始時に目的をセットし、物事の決め方を明文化しておくことをお勧めします。ユアパトのプロジェクト開始時には、インセプションデッキ(※)というフレームワークを用いてこの作業を行います。
※インセプションデッキ:プロダクト開発を始める前に、プロジェクトのミッションやビジョン、状況や背景についての共通認識を作りあげるためのツール(問い)。
インセプションデッキは、もともと開発プロジェクト用に作られたツールです。そのため、人事制度のプロジェクトには当てはまらない項目もありますが、主に以下の項目を具体的にし、言語化するようにしています。

私達はなぜここにいるのか:何のためにやるのか、どんな未来に辿り着きたいかを言語化
やることやらないことリスト:やらないことを整理してプロジェクトのスコープを決める
ご近所さんを探せ:関係者を洗い出し役割を整理
夜も眠れない問題:起こりうる最悪の未来を想定する
期間を見極める:いつまでに何をするかを決める
トレードオフスライダー:優先順位決めをする
※インセプションデッキの項目にはありませんが、以下も決めています
ゴールを決める:6ヶ月後のゴールイメージを共有する
こういった項目を決めておくことで、プロジェクトの範囲が定まり、プロジェクト参加者の前提が揃います。目的を最重視するため、手段は途中で変わっても問題ありません。優先順位もあらかじめ決めてあるので、経営に判断を都度仰がなくても意思決定できるようになり、スピードも上がります。そして、プロジェクトの開始時に重要事項を決めておくことで、トラブルや課題をあらかじめ想定して対策を打てる体制を作っていけます。
人事制度導入の成功の鍵:目的を達成するための戦略的メッセージング
評価制度を導入する場合、何のためにやるのか、導入することでどんな未来に辿り着きたいか、制度を通じて伝えたいことは何か、をまず書き出します。これらを書き出す際に様々な視点があります。経営として、事業や組織にとって、働く人にとってという視点です。目的や実現したい未来を改めて考え、言葉にすると、手段は評価制度の導入だけではないと気付きを得ることもあります。
目的が曖昧なまま、「人事制度作っておいたほうがいいかな?」ぐらいにしか考えずにつくり出すとうまくいきません。目的を達成すること、達成することによってどんな世界を実現したいかが最重要事項です。人事制度をつくることは、組織として辿り着きたい未来に向かうための手段の一つであって、目的ではありません。ユアパトでもこのスタンスはとても大切にしています。
目的を理解しておけば、人事制度を導入する時のメッセージングもガラリと変わってきます。人事制度導入にともない、社員からの理解を得るために説明会を開く会社がほとんどですが、本来の目的を考えれば理解してもらうことで終わってはいけません。”その制度によって何を実現したいのか、どういう行動になってほしいのか”をゴールに設定し、スピーチを練る必要があります。ここまでして、初めて目的を達成するところに行けます。
「まずは現状を疑え」という言葉があるのですが、現状を疑って変えていくことは、とても時間とパワーと根気が必要です。どうせやるなら意味があるものになって欲しいですし、価値を生み出していくものであった方がいいです。ですから、手段と目的が入れ替わる要因と仕組みを理解した上で、そうならないようにフレームを導入して進めていくことが一つの解決策です。
ユアパトフレーム:バイアスに囚われない人事制度設計の新基準
フレームを用いることが効果的とお伝えしましたが、今回、ユアパトのノウハウを体系化した人事制度設計フレーム”ユアパトフレーム”を開発しました。どのメンバーがクライアントの対応をしたとしても、バイアスに囚われることなく能力を発揮できるよう、優先順位付けや関わり方をまとめた虎の巻です。

ユアパトの特長
制度設計は理想の事業・組織づくりのための手段の一つというスタンス
人事制度設計は目的ではなく、理想の状態をつくるための手段と捉えています。そのため、制度をつくる前提に、経営や事業としてどのような状態をつくりたいか、そのために「何を社員に期待して何に報いるか」を考え抜きます。
”事業推進に必要なことが社員に伝わる/行動が変わる”がスコープ
人事制度設計や改定自体を目的とせず、「経営からのメッセージが伝わること」にこだわっています。制度の設計・運用を突き詰めるのではなく、制度設計を通じて社員に伝わり、行動が変わることを念頭に何が必要かを考えています。
広範な人事領域の施策を一気通貫でプロジェクトマネジメント
変化が早いスタートアップの支援が多いユアパトは、経営者や役員の時間を振り向ける先を施策ありきで考えません。定期的な壁打ちを通じで、やると決めたことをプロジェクト化していきます。そのため、別の人事課題が生まれた際には、そのままワンストップに支援し続けます。インストールコストが一社で済むため、全体感を掴んだ上で事業変化による優先順位の変更や施策のアラインをしていけるところが強みです。
まとめ
組織の重要アジェンダの推進を通じて関わったチームと事業を強くしていく。それがユアパトのできることであり、スタンスです。組織へのお悩みがある方は一度お話しましょう!